ピアニスト・福井真菜氏によるピアノ独奏の3Dオーディオ作品「未来のノスタルジー “ジャポニスム”」が、RME Premium Recordingsよりリリースされました。
本作は、Vol.1「ジャポニスム」、Vol.2「オリエントと日本」、Vol.3「珠玉の小品」の三部構成で、福井氏の演奏を通して、19世紀末の西洋における“ジャポニスム(Japonisme)” ― 東洋文化への憧れとその投影 ― を、現代の視点から再構築し、未来へとつなぐ試みです。
パリ万国博覧会を契機に紹介された日本美術は、ドビュッシーやラヴェルといった作曲家をはじめ、多くの西洋芸術家に深い影響を与えました。ジャポニスムの潮流の中で花開いたアール・ヌーヴォーの時代、前衛的な芸術家たちは、まだ見ぬ東洋に想像を巡らせ、未来を夢見ながら作品を生み出していきました。
本作は、「過去」に生まれた作品を「現代」に演奏し、最先端の録音技術によって記録することで「未来」へと伝える。時代と空間をつなぐ作品です。
表現を極限まで捉えるRMEの録音哲学

福井氏の演奏は、空気の震えまで感じさせる繊細なタッチ、余韻までも音楽の一部とするペダルワーク、そして嵐のような力強さをもつ低音表現が特徴です。各楽曲を深く咀嚼し、自身の視点から解釈することで、現代の音楽家としての“ジャポニスム”を新たに提示しています。
シンタックスジャパンでは、演奏会場の空気感までも余すことなく録音に収めた、24bit / 96kHz以上の真のハイレゾ・コンテンツを提供するため、2013年に音楽レーベル「RME Premium Recordings」を設立しました。このレーベルでは、RME製機器を使用し、演奏者の表現はもちろん、録音空間の響きや余韻に至るまで克明に捉えた作品をお届けしています。
本作においても、その哲学は貫かれており、福井氏の表現を余すことなく捉えた音像が実現されています。
録音システムについて
「未来のノスタルジー “ジャポニスム”」は、2024年1月11日〜14日および5月16日〜19日にわたり、山梨県北杜市「八ヶ岳やまびこホール」にて録音されました。

本作品は3Dオーディオ作品として制作されており、192kHz / 24bitによるハイレゾ録音が行われています。録音には28本のデジタル・マイクを使用し、マイク・プリアンプおよびオーディオ・インターフェイスはMADI接続で構成されました。
ここでは、作品の大部分が収録された2024年1月の収録時における録音システム構成をご紹介します。


ホール
新開発のマイクアレイ「ヘプタ・ペンタゴンアレイ」を採用
今回の録音では、音楽監督・サウンドエンジニアの入交氏によって新たに開発された3Dオーディオ収録用マイクアレイ「ヘプタ・ペンタゴンアレイ」が使用されました。

入交氏は、これまでの3Dオーディオ収録の経験から、メインマイクアレイにおいてマイク間距離を等しくすると良好な収録結果が得られることを発見し、AURO-3Dの13.1ch仕様で必要となる、ミッドレイヤーの7ch、ハイレイヤーの5chに着目して、各々、正7角形、正5角形の頂点にマイクを配置する「ヘプタ・ペンタゴンアレイ」を開発しました。

このアレイは、上記写真のようにアレイベースから放射状に延びた13本のステイの先端に単一指向性マイクを取り付けたシステムです。水平層のステイはミッドレイヤー用で、上から見ると正7角形の頂点と中心を結ぶ線分を構成しています。次の層のステイはハイレイヤー用で仰角45度で上方を向いていますが、上から見ると正5角形の頂点と中心を結ぶ線分を構成しています。さらにトップレイヤーとして真上向きのステイがあり、各々先端に取り付けた13個のマイクでAURO-3Dの13.1ch仕様に適合する構成となっています。
この3層構造の「隣り合うマイク間の距離」はすべて1mで等間隔であるため、2点間のファンタム音像の出現の仕方が同条件となり、また点対称な配置によってどの方向から到達する音波も2点のマイク以外への「かぶり」量も点対称となります。これらの特徴により、再生空間において音場のバランスが崩れにくく、自然で臨場感あふれる3Dオーディオ収録が実現するのです。
ステージ側にはホール残響を収録するため、オムニクロスと呼んでいるIRTクロスを大型化したようなマイクアレイを上下2段にスタックした「アンビエンス・ツリー」が設置されました。

下段のオムニクロスのマイクはそれぞれミッドレイヤーのLs、Rs、Lb、Rbの4chに接続され、ハイレイヤーのマイクはHL、HR、HLs、HRs、4chの4chに接続されます。さらにトップレイヤー用にもう1chが設置されています。
オムニクロスは無指向性を4本使用することから命名されているのですが、今回はワイドカーディオイドマイクが使用されました。
ピアノ収音には、3対のマイクが使用されています。
ミッドレイヤーには NEUMANN KM D133、ハイレイヤーには NEUMANN KM D 184が採用されています。このように6本のマイクでピアノを捉えることにより、点や線ではなく「面の音像」でピアノを表現し、この面の音像によりピアノのパースペクティブが表現できるのだそうです。



マイクプリアンプ:RME DMC-842
デジタル・マイクでの収録となるため、マイク・プリアンプにはデジタルマイク入力を備えるDMC-842 Mが使用されました。デジタル・マイク内で即座にADされたオーディオ信号はMADIによってホールの楽屋に設置されたコントロール・ルームへ伝送されるため、長距離アナログ回線による音質の劣化を極力抑えることができます。

コントロールルームのMADIface XTに送られたオーディオ信号は、メイン・システム、サブ・システム共にSequoiaで収録されました。
なお、写真に写っている大型マイクは、3本構成のマイクシステム「ミニ・デッカツリー」で、ステレオ収録用として設置されたものです。しかし検聴の結果、ヘプタ・ペンタゴンアレイをステレオミックスした音源のほうが臨場感に優れていたため、最終的にはミニ・デッカツリーは使用されなかったとのことです。
コントロールルーム

ルーティング: RME MADI Router
オーディオ・インターフェイス: RME MADIface XT
ステージのマイクプリアンプからMADI経由で送られてきたオーディオ信号は、2台のMADI Routerに集約され、そこからメイン・システム用およびサブ・システム用の各オーディオ・インターフェイス(MADIface XT)へ分配されました。

DAWソフトウェア:MAGIX Sequoia 15
本録音には、DAWソフトウェア「MAGIX Sequoia 15」が使用されました。クラシック音楽をはじめとする高度な制作現場で実績のあるDAWであり、RME製品との組み合わせは、ドイツを中心に多くの録音現場で採用されています。
今回はさらに、検証実験を兼ねたバックアップシステムとして、サブ・システムのMADIface XTから送出した信号をStudio Oneで同時録音しています。

モニター・スピーカー:Genlec 8341A
メイン・システムのMADIface XTより出力し、スピーカーでモニタリングを実施。スピーカーのインシュレーターにはウェルフロート・ブランドの「ウェルデルタ」が使用されました。

音楽の「空気感」まで録るための飽くなき工夫
このレコーディングでは、マイクセッティングや使用機材、録音方法にとどまらず、さまざまな工夫が施されています。
コンサートホールに満ちる響き、ピアノ本来の音色、そして空気の震えまでも繊細に記録するため、空間設計や設置方法に至るまで細部にわたり調整を行いました。
ピアノ調律
ピアノの調律は、福井氏のピアノ調律を長年にわたり手がけてきた調律師・照沼 純氏が担当されました。演奏家の表現を余すことなく引き出す音律は、深い信頼関係と長年の経験から生まれたものです。録音においても、調和の取れた音が作品全体の美しい響きを支えています。

楽器用インシュレーター「ウェルデルタ」
ピアノの設置には、ジークレフ音響株式会社が開発したフルコンサートグランドピアノ専用インシュレーター「WELLDELTA(ウェルデルタ)」が使用されました。
ピアノの音エネルギーの床への漏洩をシャットアウトすることにより、音波がピアノ本体から効率よく放射され、さらに床の不要な振動が遮断されることにより床鳴りが解消されます。その結果、ピアノ本来の響きを濁りなく伝えることが可能となり、より自然でクリアな音へと導きます。

拡散パネル Vicoustic Multifuser DC3
ピアノの下にはVicoustic社の拡散パネル「Multifuser DC3」を設置し、床面からの音の反射を拡散。これにより、低域のこもりや反射の偏りを抑えられるよう工夫しました。

「未来のノスタルジー “ジャポニスム”」は、演奏・録音・空間設計のすべてが緻密に連携し、ひとつの芸術作品として仕上げられました。
演奏と録音の融合がもたらす、音楽の新たな可能性を、ぜひご自身の耳でお確かめください。
作品紹介
福井 真菜「未来のノスタルジー “ジャポニスム”」



時代と文化を越えて交差する――ジャポニスムの「過去」と「未来」をつなぐ、ピアニスト・福井真菜によるピアノ独奏三部作。
ドビュッシー、スクリャービン、シマノフスキをはじめとする〈ジャポニスム〉の影響を受けた作曲家たち、そしてドビュッシーやメシアンらフランス音楽の系譜を色濃く感じさせる武満徹の楽曲を収録。
「ジャポニスム」を主題に、フランス音楽、オリエント、そして東洋と西洋の交錯を内包した、珠玉の作品集です。
※本作品は、Dolby Atmos版およびステレオ版を各種音楽サブスクリプション・サービスよりお楽しみいただけます。
プロジェクト・メンバー プロフィール
入交 英雄
RME Premium Recordings 音楽監督、エグゼクティブ・プロデューサー

1956年生まれ。1979年九州芸術工科大学音響設計学、1981年同大学院卒。2013年残響の研究で博士(芸術工学)を取得。1981年(株)毎日放送入社。映像技術部門、音声技術部門、ホール技術部門、ポスプロ部門、マスター部門を歴任。2017年より(株)WOWOWにてイマーシブオーディオの制作技術開発、事業開発。2025年入交イマーシブオーディオ研究所を立ち上げ「ならまちスタジオ」を開設。RME Premium Recordings 音楽監督就任。
1987年、放送業界初となる高校野球サラウンド放送のプロジェクトに関わる。2005年より放送のラウドネス問題研究とARIB委員、民放連委員を通じて規格化に尽力。学生時代より録音活動を行い、特に4ch録音や空間音響について探求を重ね、現在では3Dオーディオ録音の技術開発と共に、精力的な制作や普及活動を行っている。
2021年 冨田勲「源氏物語交響絵巻」(プロ音楽録音賞イマーシブ部門 最優秀賞受賞)
2021年 ボブジェームス「Feel Like Making Live」UHD BD、2024年 MR.BIG 「The BIG Finish Live」UHD BD
また、個人的にも入間次朗の名前で音楽制作活動を行っており、花園高校ラグビーのオープニングテーマやPCゲームのロードス島戦記などを担当。
福井 真菜
ピアノ

桐朋学園大学ピアノ科在学中、モスクワにてアサネータ・ガブリーロワ氏に師事。同大学卒業後、パリ17区コンセルヴァトワールピアノ科、伴奏科を満場一致の一等賞で卒業したのち、クラマール地方音楽院にて室内楽、声楽クラスの指導、また、シャラントン音楽院にてピアノ科教授として後進の指導にあたる。
現代音楽にも意欲的に取り組み、現代音楽祭、“Musique de notre temps” に定期的に参加。また、高い初見能力、室内楽の豊富なレパートリーを高く評価され、フランス政府国家音楽家資格試験(DEM)、数々の国際音楽祭やコンクールで審査員、公式伴奏員を務めつつ、パリを拠点にヨーロッパ各地でリサイタル、室内楽を中心に演奏活動を行う。
2015年に帰国後演奏活動を精力的に行い、2018年、東京オペラシティにてソロリサイタルを開催し、好評を博す。 2022年より室内楽の豊富な経験と知識を生かし、音楽監督として室内楽シリーズをスタートさせ、高い評価を得る。CMの楽曲提供や、舞踊/映像作品とのコラボレーションにも積極的に取り組むなど幅広い活動を行っている。
